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Selfishly

Selfishly

Radiant,Ever Forever p4

 ~~~ twilight ~~~

 
 エドワードが滞在をし始めると、不思議な事にロイの目の調子も安定して、
見えない時などないようにごく普通に動いている。
 エドワードが常にロイの傍に居ても不審がられない為に、今はロイが携わっている案件の
協力者と云う形が取られている。軍のみの重要な会議以外は、二人が揃って居るのが日常になってきたある日。

「手紙?」
 馴染みになってきた事務の女性職員に、エドワード宛の封筒を手渡される。
それが待ちに待っていたアルフォンスからのものだと判ると、急いでロイの執務室に戻り
自分用に用意された席に着いて中を確認する。
 見知った文字がエドワードに久しぶりの挨拶を伝えてくる。
 現在、自分が居る場所や、そこから戻る算段。
マスタング大将の症状に役立ちそうな情報などが大まかに書かれているそれを
読み勧めて行くと、最後の方に書かれた内容にエドワードは呆れたような溜息を吐き出す。
「あいつ…」
 帰国しようとしたアルフォンスに、リンから序でにと頼まれたこと。
 いつも兄弟の連絡の橋渡しや、他国との顔繋ぎに助けてくれているリンからの珍しい頼み事と有って、
アルフォンスも自分に出来ることがあるならと協力の姿勢を見せたところ。
 『序でだから、親善使節も連れて行ってくれないカ?』
 地理や文化に通じている者が居る方が、使節の者達も心強い。とか言われ、使節の長に
手を合わせて頼まれれば、どうにも断わりにくい状況が出来上がってしまい、
帰国は使節のメンバーと一緒になると書かれていた。
「リンの奴。こっちは急いでるって云うのに…」
 口ではそう零しはするが、エドワードも彼の頼みは断わりにくい。互いに利害はあったとしても、
彼らが力を貸してくれたからこそ、あの時期を乗り越せたのだから。
 そう思い直して、とにかくアルフォンスの近況だけでも伝えて置こうと、隣の執務室へと入っていく。

「ロイ、ちょっといいか?」
 第3者が居ない時には互いに名で呼び合おうと言い出したのは、ロイからだった。
エドワードが新しい階級の呼び方に馴染んでいなかったのを気遣ってか、
それ以外なのかは判らないが。



 『 私だけ君を名前で呼ぶのはフエアーじゃない気がしてね。
   君と私は部下と上司と云う訳ではないから、互いが対等に
   名前で呼ぶ方が理に適っているだろう?』

 初日に不覚にもロイの帰りを待たずに寝こけてしまったエドワードが目を覚ますと、
朝食の席でロイがそう提案してきたのだ。
 最初は「絶対に無理っ」と反対していたエドワードも、なら練習すれば良い事じゃないかと
押し切られてしまったのだ。
 素面の寝起きに、さぁ、さぁ練習をと言われて、その場で出来るほどエドワードも、
図太い神経を持っていない。後でと切り返せば、「君が先伸ばした事柄で、実行したことは無い」と言い返され、渋々練習を勘弁してもらう変わりに、本番で慣れる方向で話が付いたのだ。
 最初はなかなか呼べず、あんたや、なぁと呼びかけていると、ロイは返事をしないで無視するようになって来たので、
切れたエドワードが執務室で怒鳴り声を上げてしまったのだ。

「おい! 聞こえてんだろ? 無視すんなよ、ロイっ!」
 怒鳴りつけられた本人はと云えば、
「ほら、ちゃんと呼べるじゃないか」
 と、平静な顔をして言ってくる始末。子供のようなそんなロイの態度に、エドワードは
呆れるやら脱力するやら…。が、無事に呼ぶ度胸は付いたのだった。




「あ、ああ…。エドワードか」
 歯切れの悪いロイの返事で、エドワードはさっと顔色を変えて近寄って行く。
「もしかしたら――― 今、見えないのか?」
 エドワードが始めて遭遇する状態に、動揺を抑えて声を掛ける。
「そのようだ。―― いつもいきなりでね。暫くすれば戻ると思うんだが…」
 目を指で揉み解すようにしているロイに、エドワードはそっとその指を押さえる。
「診せてもらっていいか?」
 診察をしなければロイの目の状況は判別し難い。来る前に一通り眼科関係は目を通してきたが、
専門には遠く及ばない。
「ああ、勿論構わない。頼む」
 そう応えてロイは手を下ろして、エドワードの方を向いてくると云うのに、その瞳には
何も映っていないのだろうか。
「その状態で、光は識別出来るのか?」
 エドワードは瞳孔の動きを見ようと、ロイの頬を両手で挟みこんで、顔を近づけて覗き込んでみる。
「――― ぼんやりと、判る程度かな…」
 そのロイの答えに頷いて、エドワードはロイの目の前で指を立ててみる。
「俺が立てている指は、判るか?」
「――― 残念ながら、判別はつかないようだ」
 ロイの言ってる事に嘘はないだろう。先ほどからロイの眼球は不安定な動きしか見せていない。
「今の状態で指輪を動かしてみてくれよ」
 エドワードがそう告げると、ロイは机に置いた掌を動かしてみせる。
「どんな感じだ?」
「ああ―――。見えてはいないのだが、まるで見えている時と同じように感知できるな。
れはなかなか凄いものだ…」
 嬉しそうなロイの様子に、エドワードはペシリと額を叩く。
「馬~鹿。そんなことを喜んでどうするんだよ。俺が聞きたいのは、目で識別している時と、
輪で感知している時の感覚はどうだって言ってるんだよ」
「… そう云う事か。そう言われてみれば、今指輪で得てる感覚は普段と大差ない気がするな」
 本来ならもっと違和感を感じていて良さそうなものだが、慣れ親しんでるとまではいかないが、
特にその感覚に戸惑うことも無い。
「そっか…」
 ロイの返答にエドワードはほっと肩の力を落とす。どうやら自分の考察で間違っていなかったようだ。
「エドワード?」
 黙りこんだエドワードに、ロイは不思議そうに問いかけてくる。
「あ、ごめん。大丈夫だ…、あんたの目は必ず――治る」
 そうエドワードが言い切ると、ロイは見えない筈の目を瞠ってじっとエドワードを窺ってくる。
エドワードはもう1度良く見ておこうと、ロイの頬に手を添えて顔を上向かせると、
光を捉えていない瞳をじっと見つめる。

 ――― 見えていない瞳でも、ちゃんと感情を映し出してるんだな。

 少し不安を浮かべているのか、ロイの瞳は頼りなげな彩を表している。見えないことと無感情は、
全く別なんだと気づいた時、何かが記憶の中で引っかかった気がするが…。
 小さく震えている睫毛まで見えるほど近づいている自分に気づいて、エドワードは慌てて
謝りながら身体を離そうとする。
「ご、ごめん、俺っ」
 そのエドワードの手を、ロイが強く握り締めてきた。
「少し、少しだけで、いい…。もう少し、このまま―― 傍で居てくれないか」
 切なる声でそう乞われれば、エドワードも無理に身体を離したり出来ない。
痛いくらい握り締めてくるロイの掌から、彼の不安が伝わってくるようだ。
「―― 大丈夫だ。あんたが落ち着くまで居るから、大丈夫…」
 不安を抱えていて当然なのだ。しかも彼はそれを見せる場所も無いのだから…。
なら、自分の前だけくらいは強がらずに済む様にさせてやりたい。
 そんな気持ちを持って、エドワードは回り込んでロイの傍に立つと。
「――― エドワード…」
 ロイが驚いたように名前を呼んでくる。なぜなら、エドワードが掴まれている逆の腕で、
ロイの頭を自分の方へと抱き込んだからだ。
「何かあったら…俺にくらいは甘えろよ。な?」
 そう囁くように告げてやれば、ロイはほぉーと身体の力を抜いてエドワードに凭れかかってくる。
目が見えない状態が彼の精神的な部分で、大きな負担になっているのは察せられる。
始終緊張した状態を強いられるのだから。

 ――― 自分が傍に居る時くらいは、彼が余計な緊張を
       強いられないようにしてやろう。
      そう…。例え自分の身体を盾にすることがあっても…。




 暫くして落ち着いたのか、ロイが礼を告げて身体を離してきたから、エドワードは
ホークアイを呼びに部屋を出て行く。
 この後のスケジュールの調整も必要かも知れない。




 足早に部屋を出て行くエドワードの背を、見えない目でロイは追い続けたのには気づけないまま。






 
 



 *****

 結局、そのまま勤務を続けると云うロイの言葉に従って、ホークアイが彼の執務を手伝うことになり。
エドワードは治療の練成を考えるのに資料室を使わせてもらうことにした。
 
 朝、どんよりとした空模様を見せていた天候は、午後から降り続く雨にと変わっている。
先ほどから窓を叩く雨足が弱まるところを知らず、勢いを付けてきているのが、
資料に集中しているエドワードの耳にも届いている。

「…凄い雨だよな」
 一息付いて窓の外を見れば、まだ夜というわけでもないのに、外は豪雨と闇が支配して
真っ暗な様相を見せている。
「町の方は大丈夫かな…」
 この雨と同時刻には降る事は無いが、エドワードの暮らしている田舎町でこんな豪雨が続かれた日には、
町自体が大変な被害にあってしまう。その点、セントラルは河川の整備も万全で、
下水施設も整っているから、大きな災害になることは少ないだろう。
「ちょっと様子を見てくるか」
 そう独り言を呟きながら腰を上げる。ここに入ってかれこれ4時間以上経っているのだ。
ロイの目の様子も確認しておきたい。


 廊下に出るとずぶ濡れで足早に通っていく軍人達とすれ違う。多分、警備か何かで
巡回でもしていたのだろう。続く豪雨には市民だけでなく兵士達も
苦戦させられているようだ。

 ロイの居る執務室へと上がっていくと、周囲は途端に静かになってくる。高官ばかりの階では、
雨での被害を被ることも無いのだろう。
 扉を開けて入ってみれば、手前の部屋は出払ってているのか誰も居らず、
そのまま突っ切って執務室へと進んでいく。
 ノックには寸暇の間もなく返事があり、エドワードはそのまま部屋の中へと入っていった。

「エドワード君、お帰りなさい」
 相変わらず執務を続けている二人の様子に、エドワードは躊躇いがちに声を掛ける。
「どう? 閣下の目の調子は?」
 ホークアイが居ることを気遣って、エドワードは名前ではなく階級で呼ぶ。
「まだ戻る様子がないようだ」
 疲れが滲んだ声に、エドワードが眉を僅かに顰める。
「閣下、今日のところは1度お戻りになられては…?」
 見えない状態の体調を慮ってくれているのだろう。彼女がそう声を掛けてみるが、
ロイは難しい顔で首を横に振る。
「―― この天候だ。何か無いとも言い切れないからな。今日はここで待機していようと思っている」
 ロイがそう答えることは判っていたのだろう。彼女は小さく嘆息を吐くと、代案を口にする。
「なら、少しお休みになられて下さい。朝からずっと働きずくめでは… お体にも触ります」
 体にと云うよりは、目への負担を考えてのことだろう。
「――― そうだな。少し休ませてもらおうか…」
 泊まり込むなら、先に少し休んでおく方が良いかも知れない。自分が夜勤をすれば、
少なくとも彼女は帰ることが出来るだろう。
「エドワードはどうする?」
 この雨だ。帰るなら車を出してやる方がいいだろう。
「俺? …あんたが泊まり込むなら、俺もここでいいよ。別にソファーでも床でも
 寝れる性質だしさ」
 研究をしている時は相変わらず寝食を忘れている時も多く、床でや机の上で突っ伏していることもあるのだ。
「エドワード君、そんな不健康なことじゃ駄目よ」
 ホークアイの苦笑交じりの呆れた声が上がる。
「エドワード、それは私も賛成できないな。どうせ将軍用の仮眠室はがら空きだ。
 そこの1つを使うといい」
 そのロイの言葉に思い当たるのは、先ほどの静かな廊下だった。
 成る程、静かなのはこの男以外、皆退出してしまったからなのか。
 この男が楽にならないはずだ…。
 心の中でそんなことを考えて嘆息を吐いていると、いきなり扉が開け放たれる。
「閣下っ」
 血相を変えて入ってきたハボックに、ロイは瞬時に緊張を取り戻す。
「どうした?」
「セントラルへの西方からの線路で土砂崩れが起こった模様です。運悪くそこを通りかかっていた列車の
 1部が埋もれちまったらしくて、軍に要請が入ってきてます」
「―― 人員で対応できる範囲か?」
「それが…、車両1つがすっぽりやられてる状態で、しかもこの雨のせいで、
 ぬかるんでる地盤の所為で簡単には救出できそうにないんですよ」
「錬金術師が必要だな」
「ええ、あちらも出来るだけ急いで欲しいと。先の救援隊の中にも居たんですが、
 そいつの錬金術じゃ手に余るらしくて」
 ロイはそこまで聞くと、椅子から立ち上がる。
「大佐、行くぞ」
 他の術者をあたる時間は無さそうだと判断したロイは、自分が動くことに決めたようだった。
「し、しかし…、閣下は今――」
 見えているわけでも無い時に、この豪雨の中を出て行くのは…。そんな躊躇いを見せるホークアイに、
 ロイは不敵な笑いを浮かべる。
「あの時に比べれば、土砂の撤去作業など見えなくても出来ることだろう? 
 今はエドワードから貰ったこれも有る」
 左にはめている指輪を掲げて自慢そうにするロイに、ホークアイも諦めて誘導しようと
 動こうとした瞬間。
「いいよ、俺が云って来るわ」
 その言葉に、その部屋に居た者達がエドワードに視線を向けてくる。
「た、大将が?」
「ああ。そこ今聞いたところ、錬金術師は居るんだよな?」
「あ、ああ? でも、民間からの手伝いで従事している程度だから、閣下みたいな術は…」
 そんなハボックの返答に、エドワードは判ったというように頷いて、
「とにかく、その術者にはそこで待機してもらっててくれ。絶対に帰らないようだけは念を
 押してな」
 そう言うが早いが扉へ向かって歩き出す。
「エドワード、待ちなさい! 君が行ったからと…」
「大丈夫だって! あんたはそこで休んどけ。ハボック少尉っ、早く案内してくれ」
「お、おう…」
 指示を仰ぐようにホークアイ大佐の方を見るが、何か考え込んでいた彼女はハボックに
 頷いて、エドワードの希望通りにするように伝える。
「ホークアイ大佐っ!」
 彼女の判断を咎めるようなロイの声にも動じず。
「閣下。エドワード君があそこまで言う限り、彼には何らかの手段があると云う事だと思います。
 目の見えない状態の閣下が、混乱している現場に出かけるよりは、エドワード君を
 信頼して任せた方が良いのでは?」
 冷静な彼女の言い分に、ロイは上がっていた熱を冷ます。
「――― 致し方ない…」
 彼は出来ないことを口にする人間ではない。
 なら、何か策が有るのだろう。

 一向に止まない雨音を、ロイは忌々しく一睨みしたのだった。





 数時間後。

 迅速な軍の対応のおかげで、無事に救出は終わる。
 負傷者はいたが、死亡者が居なかったことは、市民に大きく報道され、軍の評判を高める事になった。

 が記事には活躍した個人名は一切書かれておらず、軍のマスタング大将直属の部隊が、
とだけ書かれていた。




「で、君は一体どんな手段を講じたんだね」
 ずぶ濡れで泥だらけになって帰ってきたエドワードにシャワーを使わせ、
 ロイは種明かしを迫るように追求してくる。
「手段、って程のもんじゃないけど…」
 髪を拭きながら、エドワードがそう返してくる。
「―― 現場に居た錬金術師の術で,救出は驚くべきスムーズさで終わったらしいが。
 その術者は、自分の術ではないと言ってるそうだ」
 朝まである時間を休んでくれと部下に訴えられ、二人は将軍用の仮眠室へと移動している。さすがに将軍用だけはあって、佐官や尉官達の仮眠室とは大違いだ。
 休むために着崩した格好でロイはベッドに腰掛、エドワードは部屋に備え付けられている
 椅子に座っている。

「… いつでも使えるってわけじゃないんだぜ」
 そう前置きしてエドワードが立ち上がる気配を感じる。さらさらと紙を走るペンの音が
聞こえたと思うと、エドワードがその紙を持ってロイの元に近寄ってくる。
「ロイ…、今、まだ見えないんだよな」
「ああ?」
 不審に思いながらもそう返すと、エドワードはロイの両手を取って横のシーツの上に
突かせる。
「何を…っ」
 と問う間もなく、ロイの体からエネルギーが抜け出していくのを感じる。そして…。
「これ、触ってみてくれ」
 ロイの手に触れているものは、先ほどのシーツとは形の違う。
「ぬいぐる、み…?」
 小さな狸か熊だろうか…。普段目にするような小動物ではないが、確かに何かの動物の形をしている。
「そう、アライグマのぬいぐるみ」
 少々、想像したものとは違うようだが、同系の生き物のようだ。
 が、それが何の動物かはこの際関係はない。
「しかし、一体何故…?」
 ロイは全く術を発動させた覚えは無い。幾ら真理を見たから、練成陣を引かなくても
 出来るとは云え、構築式を思い浮かべもせずに術が出来るわけが無い。
「どういう発動かは全く俺にも判らないんだけど。俺が引いた錬成陣で作ったもんだ」
 そのエドワードの言葉を考えながら、ロイは今自分の手の中にある物を触ってみる。
「と云う事は…。あの土砂崩れでの練成も?」
「そう。俺が引いて発動したのは術者だ」
 

 そう言ってエドワードが語りだした話は、ロイを驚かせるのに十分だった。
 エドワードが自分が引いた陣で、発動が出来るのに気づいたのは偶然だった。
偶々、弟と討議していた時に、熱中してアルフォンスが机に手を付いて発動させたのが
切欠だった。その時は、小さな物質の変換を方法を話していたから、机の上のものが
多少変化する程度で済んだのだが、知らずに生体の陣を引いていたら危ないところだった。
 エドワードは錬金術を発動出来なくなったが、別に錬金術が理解できなくなったわけでも、
構築式が組めなくなったのでもない。
 それどころか、何度も真理を行き来しているから、膨大な情報を知識として蓄積しているのだ。
そんなエドワードが引く陣だから、怖ろしく高度で完成度も高い。

「要するに、君には構築式を生み出す力はあるが、発動させるスイッチが無いと?」
「まぁ、そう云う事になるかな」
 だから術者さえ居れば、術は発動させられる。しかも、蓄積した情報から引き出す膨大な知識は、
 分野を問わないらしい。
「得意は鉱物系だったが、今は当然生体も。そして、気体も扱えるようになった…のか」
 唖然としながらそう訊ねるロイに、エドワードは微妙な返答を返してくる。
「扱えるっても、陣を引けるだけで俺は何も出来ないけどな」
 それは何もとは言わないだろう。エドワードは真剣に、自分の能力の凄さを判っていないのだろうか?
 どんな陣もお手のものなら、能力が低い術者でも最高の錬金術が発動できるのだ。

 ――― これを他の術者が知ったら…。
 エドワードの争奪戦が巻き起こるだろう。

「エドワード、この事を知っている者は…」
 知らず硬くなる声に、エドワードも判っていたのか、
「勿論、アルにしか知られてない。それと、あんたとな」
 その答えに、ロイはほっと安堵の息を吐く。
「エドワード…。もう術を使うようなことはするな。使えばどこかで気づく者も出るだろう」
「―― 判ってる。今日は偶々、仕方なかったから…」
 エドワードだって自分の能力の危険性は判っている。
 が、今日はどうしても調子の悪いロイを休ませてやりたかったのだ。
「すまなかった…」
 エドワードをそんな危ない立場に立たせたのは自分だ。そう思うと謝罪の言葉も
 すんなりと口を突いて出てくる。
「べ、別に…あんたの為だけってわけじゃ」
 照れ隠しか、しどろもどろに憎まれ口を叩こうとするが、ロイの次の言葉がエドワードの口を閉ざす。
「私だけの為じゃないとしても、私のことも考えてくれたのには変わらない。
 ありがとう、嬉しいよ」
 自分の危険を顧みず。エドワードはロイのことを思って動いてくれた。その気持ちは嬉しく、
 エドワードに感謝してもし足りないと思う反面。
 ――― やはり、ここに居させるのは彼の為にはならない…。
 と再確認させられもする。
 感情と理性がベクトルを全く逆に動かそうとするから、ロイの心中は穏やかではいられない。
「ロイ?」
 怪訝そうな声で自分に呼びかけてくるエドワードに、ロイはつぃっと腕を伸ばし彼に触れる。
 手を伸ばせば相手を感じれるほど近くに居ることなど、どれくらいぶりなのだろう。
 ロイは感情のまま彼を強引に自分の横に座らせると。
「お、おいっ」
 エドワードが慌てるのを無視して、小柄な彼の肩に頭を凭せ掛ける。
「… 少しだけ、このままで居させてくれ」
 昼間とも同じ言葉を告げると、エドワードは目の見えないロイを思ってか、
 黙って傍に居させてくれる。

 ――― 今は、仕方が無いから…。
 自分の目を治すことが優先だ。だから、エドワードに協力をしてもらわなくてはならない。
 ――― そう。今だけ、今だけだから…。
 そんな言い訳を自分にしながら、ロイはエドワードの温もりを感じる。
 触れている肩から伝わる彼の鼓動。 
 シャワーを使った後の、しっとりと馴染む肌。
 さらさらとロイの顔や頬をくすぐる髪。

 そして、ロイを惹きつけて止まない、エドワードと云う存在。

 4年の歳月で彼を想わなかった日など無かった。
 時折、目にする彼はどんどんと美しく成長して、ロイを驚かせ続けていく。
 いつか彼を捕える相手が出てくるのかと思うだけで、胸が押しつぶさそうな程辛いと
 云うのに。

 ――― この手を伸ばすことは、叶わない…。

 遠くに在る彼を喜び。
 傍に居ない彼を偲ぶ。

 ずっと笑っていて欲しいから、離れていて欲しい。自分が簡単に手を伸ばせない程、遠くに。
 全然違う世界で、諍いや争いに巻き込まれること無く、穏やかで満ち足りた人生を
 送り続けて欲しい。

 その願いがロイの殺伐とした人生に、彩を与えてくれるただ1つのものだから。

 ――― けれど………。
      今のこの時だけの、ほんの僅かな時間くらいは、
      傍に居させてくれることを願っても構わないだろうか。



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